パチンコ店の心意気、大谷翔平、竹中平蔵【曇天雑考】

2021年7月9日

7月初旬の朝まだき、全身に覆いかぶさるようにして残っている昨日の疲労の存在を感じながらも一日の始まりを精一杯快活にあろうとして私は、隣駅の方角を遠くに一望できるリビングの窓を開けた。梅雨曇りの空には雨の気配が色濃く窺え、TV画面のdモードで表示されている今日の時間ごとの天気予報が早くも外れてしまうだろうことを予感させる。

ともすれば開店の時刻までには、遅くとも昼までには街は傘さす人たちで溢れ早番時間帯の客足は振るわないものになるだろうと消極的な営業予測を立てて、そういえば直近で導入したスロット新機種の運用にあたり昨日遅番勤務だったスロット担当者に高めの配分で臨むように指示を出していたことを思い出す。

となると、割高な営業になることも覚悟しなければならないだろうか、或いは早くに店に出て来たいま自分の判断で再変更してしまおうかと考えるその一方で、中小ホールであっても平時から、また営業面でのセオリーとしては本来"無難な"或いは"控えめな"運用レベルにしておきたい場面でも”いつも通りの営業”を堅持することで地元客の安心感に繋がるだろうと考えて、既に準備が済んでいるスロットコーナーに手を加えるのをやめた。このような営業スタイルを”粋”に感じたり、店側の心意気と捉えてくれるユーザーがまだスロットシーンに多く残ってくれていることを祈って。

早朝の業務はパチンココーナー運営における機種運用のプラン立てと、十数台の試打を交えつつの”品質点検”であった。精肉店や八百屋でもなかろうに品質点検とはこれまた如何に、とも思われるだろうが、例えば私はホール巡回中に遊技盤面に向き合いながら首をかしげているお客さんを見掛けると、その原因は何なのかととても気になる質(たち)だ。遊技意欲の減退に行き着く前に技術的なケアや工夫が可能な場合も多いので、そういうところで手を抜くのは怠慢に過ぎるだろう。

しかし、これをやらない、やり切れない店が多いからこそ、自店のようなちっぽけな店でもどうにか商圏内で生き残っていられる。つまりは、私にとって必須業務だからこそ、こうして早朝・深夜不問でパチンコ台に向きあっている。今やパチンコ店の者がパチンコ台に対して、業務でもプライベート遊技の場面でも真正面から向き合っていないからこそ起こっている弊害も数多くあるだろうから、それを完全に解消まではできないまでも低減することができればそれ即ち商圏内での差別化にもなるという考え方はひとつの”正解”ではなかろうか。



無事に開店した後は本社へと趣き、前月の事業状況と夏場までの見通しについて経営者と共有すると共に、やはりどうしても緊急事態宣言が出された後の営業の在り方についての話になった。仮にまた夜の繁華街が閑散としたものになれば売上ペースが鈍化する時間帯が早まるのはほぼ確実視され、そのような中での営業数字バランス(売上・稼動・粗利)の適正値をどの水準に見出すのかが論点となった。

昼一には面会をこなし18時まではデスクワークに励み、本日の業務は終了となった。帰りの電車内は5割ほどの乗客数で、退勤が早かった会社員たちの数組が疲れた面持ちで或いは隣り合って着席し或いは吊革にぶら下がりながら同僚と思しき者と会話をしている。それらの会話の中から漏れ聞こえるワードをいくつか拾い上げてみると、まずはMLBでの大谷選手の活躍ぶりと、そして竹中平蔵氏が”五輪利権”に与っているのではないか、少なくとも直近20年間において国民経済を悪化させた張本人なのではないかという”陰謀論”であった。

前者に関しては、大谷選手の活躍自体のインパクトはもちろん、それによってMLBという舞台における過去の日本人選手―――例えば松井秀喜氏の現在進行形の功績が再び脚光を浴びる契機ともなり、あらゆる面でプラスの話題を喚起しているという内容であった。仲間内にMLB事情通の者が居るようで、アメリカ全土なのか所属チームの本拠地であるカリフォルニア州アナハイムにおいてなのかは分からないが、”万能超人”という意味でミスター・エブリシングとも呼ばれているとのことであった。

そして後者に関しては、東京五輪絡みのバックヤード事情で竹中氏が”暗躍”する様は我慢がならぬ、日本という国を”食い物”にしている奴だという内容であった。小泉・竹中体制の昔話には時系列の認識違いなものがあったが、さすがにここまで国民に自粛・自制を強いてまで開催に踏み切ろうとしている”平和の祭典”或いは”世界がコロナに打ち勝った証としての大会”の是非が問われる状況下では、そのような不満話が出て来るのも無理からぬことであろうと感じた。

せっかくの機会なので、ぱちんこ業界にも少なからず関係することとして、こういった”陰謀論”が出て来る背景について少し振り返りたい。

どこを原点とするかが難しいが、会社員たちが話題にしていたことだけに焦点を当てると、いまに続いている社会における格差や不満感、停滞感を拡大させたという観点では、1994年以来アメリカから毎年通達されていた「年次改革要望書」にいよいよ沿う方向で大局を動かしただけだったにも関わらず、あたかも小泉内閣による”改革”として演出された「郵政民営化」が中心になるだろうか。当時300兆円超の規模と見積もられていた郵貯・簡保は長く国民の財産として扱われ戦後の復興事業はもちろん公共投資の原資や財政投融資として機能していたが、民営化によりゆうちょ銀行が株式市場に上場されるや否やその多くが外国債の購入に充てられるなど実質的に”国外流出”の度合いを高めた。

これに加えて、2004年における労働者派遣法の改正により製造業へも派遣業が組み込まれることで、2019年までに非正規社員が600万人以上増加することとなった。その多くが35歳未満の働き盛り世代であるにも関わらず預貯金・投資に回すだけの余裕などない年収200万円以下の者たちであることは、余暇産業である我らがぱちんこ業界特にホール営業に対してもマイナス影響を及ぼしただろうことが推測される。

金がなければ結婚も子育ても難しい。つまりは、少子化と消費の停滞の根っこにはこの世代の”貧困”があるという分析は多分に的を射ていると判断され得るだろうし、またこの問題がなるべく早くに改善されるような見込みがないことで、世の中全体に倦怠感が漂っているとも言えるだろうか。

強弱だけが支配論理となる市場原理主義を地理的に拡大して適用すればグローバリゼーションとなるが、これは竹中氏の代名詞である”新自由主義”という考え方に立脚しているものだ。

自由を追求したはずなのに、おそらく大多数は弱者の立場に追い遣られ、ごく一部の者たちだけが”持てる者”として君臨している(と見做されている)というのはなんとも皮肉だと述べてこの雑談記事を締めたい。

楽太郎

Posted by 楽太郎