リングに上がったならば懸命に

2021年6月15日

懐かしい匂いがしたのは、スミレの花時計―――とは、大黒摩季のヒット曲のワンフレーズだ。誰しもが常に失われた時を求めている訳では無いにしても、遠い記憶を呼び起こす契機や縁(よすが)となるような事象はそこかしこに点在している。

要は、それに気付くか否か、五感が反応した際にその情動のようなものに身を任せるのか、それともその場から離れるなどして湧き上がって来る感情や記憶を描き消すように努めるのか、そういうことなのだろう。

今日はプロレスラー・三沢光晴氏の命日にあたる。2009年6月13日、広島グリーンアリーナでの試合中に受けたバックドロップにより長年にわたり蓄積されたダメージが決壊し、頚髄離断という最悪のかたちで痛ましいリング禍は起こってしまった。

あれから12年の歳月が経った今日、各種メディア上には同氏の命日であることに触れるものが見受けられ、Twitter上においても武藤敬司氏などのレスラーをはじめとして往年のプロレスファンの多くからその功績や魅力について語り当時を懐かしむような発信が数多くなされ、その人気の程が改めて感じられるような一日になっている。

そんな日の夕刻、私は”近隣他店舗の視察”という名目で管理店舗を離れ散歩に出掛けた。そのまますぐに地域一番店と二番店に赴き、特にパチンココーナーの運用レベルの調査をざっと行った後に、大通り沿いにある、だが駅からは距離があるため常には客数がそれほど多くはない喫茶店に入った。

薄口のコーヒーをホットで頼み、Twitterの画面を開く。検索窓に「川田」と打ち込み、現在は成城学園駅界隈でラーメン・居酒屋をやっている川田利明氏のツイートに数日分遡って目を通した。1990年代にプロレスに熱を上げた同世代の者であれば同意してくれることと思うが、「三沢」とくれば当然「川田」だったからだ。

直近の発信では別件で三沢氏の名前が出ただけで、特に命日に触れる内容のものはその時点では見受けられなかったが、あるファンのツイートをリツイートしたものが私の目に留まった。そこには4点の画像が添付されており、その中のひとつが三沢氏をはじめとした大多数の選手・関係者が離脱し新団体・ノアを旗揚げするに際し、全日本に残留することを選んだ川田・渕両氏が記者会見を開いた時のものであった。

結局その後は、三沢氏が初期ノアを軌道に乗せることに奮闘する一方で川田氏は新日本など他団体のリングで”王道”の継承者として孤軍奮闘する格好となり、気付けば三沢と言えば川田、という関係性ではなくなっていた。それが2005年の夏、リング上で再び相まみえる機会が訪れる。舞台は7月18日の東京ドームであった。

実に5年4か月ぶりとなった対戦は観客を大いに盛り上げ、最後は打撃の応酬で三沢氏が3カウントを奪ったが私にとっては当時も今でも、この試合の内容や結果以上に記憶に残っていることが2つある。

それは、試合後に覚束ない足腰で立ち上がった川田氏がトップロープに体を預け、「狡い話かも知れないけれど、今日打つはずだった終止符が打てなくなった」と悪びれもせずに発言し観客はそんな”無様な敗者"に対して大歓声で応えた場面と、その後控室に戻り記者からのインタビューに応じた際に、試合を振り返り「懐かしいお客さんの香りがしました」と幾分か恥ずかしそうに話した場面である。

ノア以降の三沢・ハッスル参戦後の川田は嫌いだ、という声は全日本プロレス時代の古参ファンからも多く見聞きするが、両氏ともに大いなる成り行きに身を任せたり時代の要請に従ったり、或いは巡って来た役割を演じただけなのかも知れない。似つかわしくないと思いながらもTV番組やCMに出たのだろうし、先輩の死によって昔と今とを繋ぐ糸のようなものが切れて新たなスタイルでリングに上がろうと思うに至ったのかも知れない。

ここらへんの事情は本人のみぞ知る訳だが、”観客”の立場でひとつ言えるのは「懸命に取り組む者だけが歓声を受け、記憶に残るのだ」ということだ。そしてその懸命さこそが見る者に強烈な印象を植え付け、場の雰囲気でも何か全く別の事象でも、切っ掛けさえ与えられればまるで当時と同じような鮮烈さでその出来事が記憶の底から蘇って来る。

これは自分自身の在り方についても同じで、20年前だろうが何だろうが、当時の自分にとって精いっぱいに取り組んだことについてはしっかりと覚えていて、仮にその詳細については失念したとしても輪郭のようなものは残るので惰性で過ごしていた時期とは明らかに異質な”何か”が残ることになる。

私に関しては、これはマネジャーになってから店長に昇格するまでの数年間であり、当時は上手くいかないことがあるといちいち気に掛けてもいたものだが、オッサンになってからは上手く行かないことや思い通りに進まないこと自体を楽しむようにもなった。

目下のことであれば、売上・稼動をしっかりと回復させてから粗利の水準を戻したいと考えていても会社の事情がそれを許さず、予定よりも少し早い時期から利益をより多めに残さねばならない状況になってしまっているが、それでもメーカーが予想以上に早く新規則時代に対応してくれているのが営業状況にも反映されるようになって来ているため、単に”より多く頂戴する”のではなく継続的に売上・稼動を伸ばしつつそれが可能な未来図が見えて来たのを頼りとして、夏場に向けて更なる常連客支持を得ることを期していると述べて本稿を締める。

楽太郎

Posted by 楽太郎