いつもとは違う道を選んで歩いて

2021年6月7日

深夜2時半に帰宅してから、私はすぐに上等なウイスキーの水割りをちびちびと飲みながら事業計画に少しばかりの修正を施すための書き仕事にあたった。リビングの隅の方、フローリング床の上には一辺10cmほどの真四角の皿が1枚置いてあり、そこで焚かれた沈香のしっとりとした香りが立ち上ってエアコンの風に揺られ時折強く濃く、こちら側へと漂って来る。

夏目漱石の『こころ』には、恋愛と同様にお香もお酒も焚き始め・飲み始めに限るのだ、という主旨の一節があるが水割りなら飲み進めていく途中に丁度良い状態があるし、沈香或いは白檀のような香にも空間に紛れてうまい具合に馴染むひと時というものがある。そのような時を好機とし私は、必要な書類の仕上げと、当座で必要ではないものの”やっておいた方が良い”だろう調べ物を2つこなし、カーテンの隙間から覗く空の様子から夜明けの時間が来たのを知った。文章が支えず調べ物も捗ったこともありこの2時間はあっという間のように思え、退勤後の一仕事だったが疲労が更に乗っかって来るようなことはなかった。

シャワーを浴びて2時間ほどの仮眠を取り、7時過ぎには快活な心持ちで自宅を出ることができた。早朝からちょっとした開放感があったため、普段使いしている最寄り駅とは逆方向、だがしかし所要時間はほんの5分長く歩くかどうかという位置関係にある隣駅から電車に乗ろうとふと思い立つ。このところ少しばかりオーバーウェイト気味なので運動としても良かろうなどと考えながら、一軒家が多い界隈を速足で歩く。

私に限らず誰しも、「今日はいつもとは違う、特別な日になるかも知れない」などという”何の根拠もない期待感”がふと湧き上がって来るときがあると思うが、私が普段こちらの方向に出掛けないのは駅までの時間が少し長くかかるからというだけではなく途中にある”勾配”も関係している。この高低差は下り坂となって眼前に現れてくるのだが、下りだから歩くのが楽だという訳でもなく、足を進めるペースが乱されて足腰に負担がかかったり、雨の日などは滑らないように注意深くなるので、ついには敬遠して平坦な方、駅に近い方のいつもの道を”定番”にするようになった。

それが今朝は、勾配の多い方を選んで歩いているとき、ふと特別な一日になるかもと思ったのは何故だろうか。大それたことではないにしても日常のその定番を敢えて崩し変化を自分で作り出したのだという”妙な満足感”も関係しているように感じ、結局、この”気分”なのだな、と思い至る。何事も、とまでは言えないだろうが、まあ大体は気分で決まるのだ、と。

となれば逆説的に、その気分を身に纏って快活な、生産的な、新鮮な、言うなれば”正”のエネルギーを動力として過ごす一日を上手に始めるためには、どのような生活を送れば良いだろうかと考える。するとまた、やらなければならないこと、やった方が良いと思われること、これらをなるべく良質により多くこなすことが肝要だということになる。

前者は主に生活・職場環境からの要請としてもたらされることが多く、後者は前者の理由に加えて自分自身が「このように在りたい」「こう成りたい」、或いは興味本位の欲求を満たす「やってみたい」などという動機に因るものであるため、こちらの方を如何にして処すかというのが気分をひとつふたつ上の状態に昂じてより良いパフォーマンスへの連関を創り出していくための基礎と考えられる。

然るに、往々にしてこの”やった方が良いと思われること”の多くは”面倒なこと”と同義であり、また時間や労力をどうにかこうにか捻出するという工面を要するため、基本的には年中無休の365日営業で、尚且つ各都道府県の条例が許すところのフルタイムで、更には時間外にしか取り組めないような業務も未だ数多く抱えているホール職域の者が生活と仕事との良い連関・循環を成すためには、まずは所属会社が旧来的なホール事業経営・店舗運営の当たり前、云わば”定番を壊す”ということから始めなければならないのではないか。

だがそのような気持ち、”気分”に会社―――中小法人の場合はつまるところ経営者自身がそうなるためには、それなりの環境や条件が整わなければならない、事業経営に直接的に携わる立場としては積極的に整えなければならない、などと思いを巡らせている内に目的地に到着してしまった。

楽太郎

Posted by 楽太郎