ひとり帰らんと、してゐたる時に外は雨。夜半にはみぞれに変わるか否か

関東圏でも積雪があるかも知れないという予報が出された週末の夜を、私は本社オフィスにて一人で過ごしている。窓の外を見遣れば、少し風も出たせいか傘を斜めに向けて歩く人の姿が見える。

緊急事態宣言下にある1月下旬の東京は繁華街でも20時を過ぎると真っ暗になり、エリアによっては駅前界隈でもまともに食事を摂る事が出来る店舗が無いという有様だ。これにはもちろん時短営業の影響が大きいが、それより何より、昨年3月の第一波からの10カ月間で適当な経営規模にある外食チェーンをはじめこれまで長らく地域に根差して営業して来た小規模飲食店の多くが力尽きて閉店の憂き目にあったことが関係している。

新鮮な貝類と全国各地の鯛を季節の折々に取り揃えてくれる老舗の寿司屋、紅白の色合いが美しい大ぶりの海老と香り高いニラをふわふわの玉子で閉じたものに自家製のラー油とお酢をかけていただくと絶品この上ない一皿を出してくれた町中華、20年来ずっと食べて来た少し甘い餡が特徴的な麻婆麺を出すラーメン店など、私の生活圏と本社・店舗界隈で贔屓にしていた店舗は10店舗ほど閉めてしまった。

その中には、決して美味しくはなく、また店内の雰囲気・客層が良い訳でもなく、むしろ大衆的過ぎて女性では一人で入れないような、早朝まで営業していた、ある安居酒屋も含まれている。

ここは若い頃、まだ会社として新機種設置作業の後に遅番社員の皆で残って調整責任者の納得がいくまで試し打ちをやってから営業を迎えるという旧時代的な体制であった当時、40台以上の自店にとっては大規模な入替の際には早番社員が出勤して来る7時くらいまでずっと打っていて、疲れ切って退勤した後に上長から5千円ほど貰って皆で不味い乾き物や缶詰料理をつつきながら開放感に浸った思い出の店だ。



西陣のCR事件ですだったかCRめちゃイケナースだったか失念したが、そういったものを含めた多機種構成で多めの台数を導入してやはり早朝までかかったある日、当時の体制では”班長”という役職名だった者が「入替は全部サービス残業じゃないか。それなのにみんな、タバコ1箱貰ってこんな不味い店の飲み代だけで満足しているのは、どう見ても異常だ」という主旨のことを言い、それを翌日の出社時に店長に告げて口論になり、そのまま退社するという舞台になった店だけに思い出深いものがある。その場にいた面子で残っているのは、私だけだ。コロナ禍の日本の各地で、彼らは今どのように過ごしているだろうか。



デスク下のミニ冷蔵庫には缶のハイネケンが2本入っている。週初めに入れたものだからかなりしっかりと冷えており、取り出して飲むと、とても苦く感じる。一気に飲み干し、残りの1本はこの雑談記事を書きながらゆっくりと飲み進める。

問題なのは、腹が減ったがこの時間では開いている店が2軒しかないこと。昨日はこっち、今日はこっちという具合いになるため、悪いがさすがに飽きてしまった。

そういった意味でも、「選択肢がある」「多様性がある」というのは、とても大事なことだと改めて実感した次第である。

楽太郎

Posted by 楽太郎