コロナ禍を転じて若手社員育成の好機と成す

部下の指導の際には、単に職位だけでなく年齢・キャリア・技能習熟度合いなどにも応じて適宜実施するのが肝要というのは王道であるが、本当に指導が上手い上位役職者というものは指導を受ける本人が必要としているものや欠けているものなどをその時々においてピンポイントで授けたり自力で得るための”気付き”を与えて応変に対処することが出来るそうだ。

そのような優れた指導者は組織内にそう何人も居るものではなく、悲しいかな私が所属している会社・店舗には私も含めて一人も居ないし、入社以来誰一人として見掛けた事が無い。

旧時代の自社の経営陣にとっては、社員とは長らく”使い捨て”の対象であり、何ならホール営業の現場で”戦働き”が出来なくなれば用済みとでも言わんばかりの処遇をして来たため、そのような扱いしか受けて来なかった私の同世代は私だけを残してみな早々に退社してしまった。それ故に、私のようなありふれた人材でも消去法的にどんどん職位を得て給料・待遇を上げて行くことができたという訳だ。

そのようにして昇格して来た自分は、もちろんその時々の上司や先輩社員からそれなりの助言や指導を受けては来たが、適当な規模のホール企業であれば当たり前のように備えている試験や研修制度のようなものには全く縁がなく、基本的にはこれからの自分に必要だと判断したものについては挙手して教えを請うたり開店前・閉店後の時間が自由に使えるようになってからは職位に恥ずかしくないレベルで業務をこなせるようになるまで早出・残業を繰り返すことで、大部分を自力で培って来た。そういった意味で、入社以来一番嬉しかったのはマネジャーになって好きなだけ早出・残業が許されるようになった時であり、典型的な社畜ではないかと言われればまさにその通りだと思う。

こういったキャリア形成の過程では、何しろ先輩も同輩も後輩もどんどん退社するので他者を顧みる機会も余裕も無いから若い時分は特に自然と”自分が成功すること”だけを考えており、気付いたら店長になっていた、課長的な役職になっていた、前任の部長が定年退社するので後釜として営業部長になっていた、というのが実際のところである。

なので、周りが部下だらけになっていく中で、形式ばった指導はもちろん冒頭で述べた通り本人の心情を汲みつつ相応しい声掛けや実技指導などを通じてキャリアアップさせてやるようなことは、正直言ってずっと苦手としていた。実際、小さい会社とは言えホール事業を統括する職位にありながら今でも営業現場管理を兼務しているというのは、つまりは育成力が無いことや成長を促す関わり方が下手だということの証左である。

「若手は…」などと一般化すると語弊があるためここでは「自社・管理店舗の社員は」と括るが、彼ら・彼女らに対する私の印象としては、まず先に給料・待遇・権限などを与えないと取り組めない、頑張れない者が多い。これはある意味で正しい振る舞いである。何故かというと、雇用者側が従業者に対して過剰要求したり愛社心を要求するが如き扱いをしていたのでは指揮命令系統ではなく主従関係のような構図となりがちで、成果に応じた報酬や待遇を与えるという大義があっても実際には名目化してしまい、そのような職場環境・風土にあっては彼ら・彼女らは果たして真っ当な評価をされているのかすらも分からぬまま本来掛け替えのないものであるはずの”若さ”をいたずらに浪費することになってしまうからである。これは不幸だ。

私の経験上、そのような職場では「気付いたら30歳になっていた」という”若手”がとても多く、これには雇う側、指導するべき立場の者の責任も大きいように思う。だから、職責に応じたものをまず与えて貰って、それを原動力として指導に向き合ったり自己研磨して行く、という姿勢は必ずしも否定されるべきではない。

では、自社ではどうかと言えば、まず最初に与える、ということは経営陣が理解を示さないこともあり無理がある。その代わり、獲得する事さえできればそこは昔ながらの”金払いが良い中小ホール企業”らしく昇格するほどに旨みがある。

だが、前述した通り15年ほど前までの旧時代は、経営陣はじめ上位役職者からの不当ともいえる圧力により、仮に能力がある者であっても他社へと流出してしまっていた。これは今では、店舗レベルでは全く違った雰囲気や風土が醸成されているためそのような心配までは無いが、役員連中に限っては今でも当時の名残があり、私などは現に新型コロナ第一波が直撃した休業要請下において役職を解任される寸前のところまで追い込まれるという”昔の自社の雰囲気”を久し振りに肌で感じて自然と若手時代のことを思い出したものだ。

そういう事情もあり、私としては若手社員に対してはなるべく自由度が高い職場環境を与えるように心掛けており、逆の言い方をすれば放任型の上長に過ぎず育成面では望ましい成果がなかなか出せないでいた、という訳である。

だがしかし、昨年中に少しだけ、このような私自身の状況に”変化の芽”のようなものが生じた。

それは、店舗付きの若手社員の中に、自ら進んで手を挙げる者、声を上げる者が出て来た、ということだ。

介護資格を持っている知人の話では「脱力し切った者を動かすのは骨が折れる。とにかく重い」とのことであるが、これは指導の場面でも当て嵌まるように思う。自ら動かない、リアクションすら無い、或いは無いように見える者の成長をどうやって促すかは、私のような凡才には妙案が浮かんで来ない。

だが、昨年の4~5月というわずか2ヵ月ほど(経営側の目線では、とても長く感じたが…)の間に、これまで終始受け身であるように見えた若手が現状への問題意識を持ち、それに対する改善案や同輩同士での意見交換の結果などを具申して来るようになった。

それらの中には、経営・運営管理の視点からすると甘すぎるような提案や、あるひとつの物事を動かすことで連鎖的に動く別の物事について思案が行き届いていないようなものも沢山あったが、これは当たり前の事なので私としては差し向けられた提案についてはなるべくその場で説明的に回答して行った。

その回答を基に、また本人や社員間で意見交換ならびに提案の再構築がなされ、それがまた私の方に寄せられるといった具合いに、生産的な遣り取りが増えたように思う。

こうした変化が見られた毎日で私がふと思い浮かべたのは、禅の領域ではたびたび話題にされるらしい「啐啄同時」という言葉だった。

語源について、「啐(そつ)」とは雛が己の孵化の時が来たことを知らせるように内側から殻をつつく音を示し、 「啄(たく)」とはそれにより卵の状態の変化を察知した親鳥が生誕を助けるために外側から殻をつつく音を示している。つまり、殻を破ろうとする者と、それを助け導く者とが呼応する様子を端的に捉えており、一般的には「物事の絶好の機会」という意味合いで使われているだろうか。

せっかく若い社員たちが成長の芽を見せてくれているのだから、私としてはそれに最大限応えて、職域におけるキャリアアップのフォローのみならず人間としてもまずは年齢相応の見識を身に付けることが出来るように配慮したいと考えている。

ひとつだけ懸念があるとすれば、コロナ禍にあっては”時に失敗もさせながらキャリアを積ませる”ということがどれだけ可能なのか、ということである。大した規模の会社・店舗ではないので、仮に失敗したところで、負う事になる金銭面や信用面でのマイナスなどはそれほど大きいものではないが、コロナ以前よりは会社として各所の数字などについて細かく見るようになっているというのは事実である。

そうした中で、私としてはなるべく大らかな気持ちで接し、まさにコロナという禍を転じて好機にする事が出来るように、先を見据えた人材育成に取り組んでいるところである。

楽太郎

Posted by 楽太郎