推しに捧げる愛と金-ぱちんこ業界における「ヲタ的価値観」

寄稿文

ハイディホー、チャッキーだす。

先日、客先で、こんな事を訊かれた。

「パチンコ屋は、何を売ってるんでしょうかね」と。

一般的な商売と言われる販売業やサービス業だと、物品そのものや、物品購入による利便性、高揚感、サービスを利用した事による思い出などが対価って事になるのかな。

パチンコを遊技して、何が得られるだろう。

泡銭の獲得。

予測や読みが当たった時の自己陶酔、満足感。

俺スゲーーという自己陶酔、高揚感、刹那的満足感。

会社とか家族とか面倒くさいものから逃避できる時間。

冴えない実社会生活では得られない刺激。

同じ趣味を共有する仲間との時間。

そんなものだろうか。

単純にひっくるめると、「泡銭や期待や勝利の快楽や居場所」か。

しかし、そうした期待の多くは裏切られる。

大抵の客は負ける。

裏切られた客、負けた客は落胆する。

結局、パチンコ屋は少々の「泡銭や期待や勝利の快楽や居場所」と、多くの「敗北と落胆」を売ってるんだ。

ところが、AKB48などのキャバクラ系アイドルやアニヲタなどの文化が、新たな消費の価値観を産んだ。

アイドルでもアニメでも何でも、愛して止まない対象=推しに惜しみなく散財する。

円盤(ソフト)やグッズを欲しいから買うだけでなく、推しに貢ぐ、推しの生活を支える、お布施する、繋がるという名目でジャブジャブ使う。

推しに金を突っ込む為に働くと公言する者も山ほどいる。

散財すら美徳。

散財すら愛の証。

何かを得るのでなく与え支える崇高な愛ではないか。

(中には、無駄遣いを正当化する為の方便も混ざっているだろうが)

この新たなヲタ的価値観が、我らがパチンコ業界にも、一部とはいえ数年前から、ほんのり香るようになってきた。

実際の遊技者との会話でも感じられるし、TwitterなどSNSでは、エヴァとかマクロスとか萌え系機種の台頭に歩を揃えるように、ちょいちょい見られるようになった。

 今日は(エヴァの)カヲルきゅんに会いに行く!

 今日は負けたけど、(シンフォギアの)立花響に貢いだと思えば(笑)

そんなノリの書き込みをたまに拝見する。

それは、もしかしたら、負け惜しみ、出費の正当化、溜飲を下げる自慰行為に過ぎないかもしれない。

しかし、負けた事を店のせいだの遠隔だの騒ぐ連中よりも、よほど冷静で健全だと思う。

加えて最近は、アイドル店員関連で、そうした「推し=アイドル店員を支える」「推しと繋がる」「推し担(同じ推しを支える遊技者同志)と繋がる」「アイドル店員同士が繋がる」といった傾向も見られるようになってきた。

 店舗の商圏外から、ある者は電車を乗り継ぎ、ある者はガソリン焚いて駆けつける。

 会えた! お話できた! 可愛かった! 一緒に写真撮った! シール貰った! グッズ取れた! と喜び、拡散&共有&宣伝してくれる。

 負けたけど、〇〇ちゃんに遭えたからいいや(はぁと)

 〇〇ちゃんへのお布施お布施。

そんな積極的消費、選択肢としての順位向上、敗北の甘受、妥協点の低下、積極的好意的拡散&共有など、ある意味で店にとって有難い思考傾向への誘導に繋がってる気がする。

パチンコ屋でない、一般商店における看板店員や名物店員による来店客の顧客化と似ている。

昔から、店員は店の動く広告塔と言い続けた俺の予想を遥かに凌ぐ好意的で驚異的な反応だ。

店員関連のネタで、こんなにも好意的な反応が起こるとは素晴らしい。

当事者のアイドル店員さんの個人的資質に寄るところが大きく再現性は低いものの、お店と店員さん達の努力にも感服する。

新型コロナ流行以降、金を使う事について、ただの消費(入手・享受)だけでなく、買い支えるという価値観が取り上げられ始めた。

賭場であるパチンコ屋に対して、そのような寛大な消費価値観が注がれる事は無いだろう。

しかし、単に出玉だ勝ち負けだというこれまでの損得勘定だけではない感情面でのアプローチをパチンコ屋さんが取り入れた事は、たとえ苦肉の策だったとしても、ほんの一部の店舗だとしても、長続きしなかったとしても、決して小さくない進歩だと思う。

がんばれパチンコ屋さん!

ではまた、次のネタで会いましょう。

ハイディホー!

寄稿者紹介

チャッキー氏

<プロフィール>

ホールも含めた、多業種の営業コンサルタント。

ぱちんこ業界を冷静に観察/分析しつつ、基本的には厳しいスタンスで臨む論客。