庶事一切の積もりたる夜、透き通った冬の朝

私が住んでいるところの二つ隣の駅前にはいまだ昭和の香りが色濃く漂うちょっとした規模の商店街があり、そのメイン通りからひとつふたつ外れた路地にはスナックや小料理店などが多く見受けられる。ある店はフグのヒレを軒先に干していたり、またある店からは夕刻からペドロ&カプリシャスの『別れの朝』が漏れ聞こえて来る。そんな界隈ではコロナ禍の特殊な状況下での小遣い稼ぎとして、合法的にか脱法的にかは分からないが弁当類の販売を行っている場合もある。

そのようなお店で割と良く目にするのは”おふくろの味”や”家庭の味”という文言を手書きしたメニューボードだ。そういう時に私は「おふくろの味、家庭の味を敢えて提供するのではなく、それしか提供できない、つまりレストランや料亭などの趣向を凝らした食材・調理法・盛り付けなどはどうやっても提供できないので消去法で、或いは”取り敢えず”そのように提示しているだけではないのか」と意地悪にも考えることがある。

また、翻ってこのようにも思う。「自店は、全国大手・関東大手のように空間演出に凝ったり話題機をいち早く取り揃えてのエンタテインメント・アミューズメント色が強い営業が出来ないから、そういうことが出来ないというだけなのに”ウチは昔ながらのパチ屋でありたい”、”地域密着店だ”などと嘯いてはいないだろうか」と。幾分堅苦しい物言いになるが、「AでないからB」というのと、「Bだ」というのとでは、まるで事情が異なるからだ。

差し当たって話の切っ掛けにしただけで、営業事情は知る由もないスナックや小料理店の話は、ここまでにしておく。今できる事を精いっぱい、工夫を凝らして、また地域住民との共生をも考えて取り組んでいるそういったお店を馬鹿にするつもりは一切無いからだ。また、料理漫画『美味しんぼ』ではないが、心尽くしの料理ならば贅を凝らしただけの料理には十分に勝り得る、という場合も多々あるだろうから、簡単に優劣など付けようもない。

では、ホール営業における”地域密着”とは、何をもってそう指し示すのか。地域住民の店内での行動、遊技機の好き嫌い、或いは表情の変化のようなところまで仔細に亘り把握していなければ密着店ではないのか。広告宣伝を派手に打ち出してエリア外からも集客しようと試みた時点で、それはもう地元の常連客を蔑ろにし情報感度が高いユーザーだけに色目を使った邪道な営業に堕してしまうのか。こういった判断はそれこそ人によりけりで大差がある。

故に私は、近隣店でも出先で見掛けたホールでも、いかに地元ユーザーフレンドリーな文言を前面に提示したり飾り立てたりしていても、その反対にユーザーを数量的な意味で捉えて最大多数を得るためにあらゆる広告宣伝ツールを駆使した営業で特にSNS上で支持されていても、「ここは地域密着店だ」「ここは違う」などと軽々に断じたりはしない。そのようなことは、日頃から来店しているユーザーをはじめとしたホール営業の当事者でなければ感じられないことだからだ。

なぜ年末に向かうこの時期に敢えてこのようなことで書き始めたかというと、大崎一万発氏である。このほど、大崎氏なりに深く思うところあってオフミーと提携した”パチンコイベント”を始動させることとなった訳だが、この私も内々で氏と意見交換させていただき、根本にある考え方と挑戦的な姿勢に対しては当座では評価させていただいたものの私自身の店舗管理スタイルとは相容れないばかりか時に邪魔になるような催しでもあるため「好ましくない」というのが当座での所感であり、その旨はご本人にも具申した次第である。いずれにせよ、この度の大崎氏の行動の結果或いは影響はこれから表出するのだから、それが何か、誰か、どこかを刺激するのか或いはしないのか、しっかりと見届けようと思う。

さて、今週はほぼ外出や面会に明け暮れる毎日を過ごしたが、新機種選定においては出来具合いについてああだこうだと評価し販売施策や時期の良し悪しについて意見したりと営業マンを困らせた。自社のホール事業部の指揮にあたっては、これは経営陣に対しては伏せなければならないことだが私の率直な感想として店舗付の社員はコロナ禍の第一波時期の心労を考えればもう既に十分すぎるくらいの働きをしてくれており今期中にこれ以上を求めることなど出来はしないので、事業収益の凹み分に関しては私の責任業務範囲になる遊技機売買等で補填を図らねばならない訳だが、期末まで残り3ヵ月という時期にあたり事業計画日程表や在庫リストなどと睨めっこをしながら過ごす時間が増えている。他方、取引業者特に広告宣伝系の業者との遣り取りについては、長らく更新し続けて来た広告掲出スペースの一部を解約したり、野立て看板の一部を撤去したり、交通広告を取り止めたりといった具合いに彼らにとっては非常に厳しい判断を下すこととなった。

日々の業務において、本社に居ても管理店舗に居ても、いつも誰かから「あれはどうしますか」「いつやりますか(それとも止めますか)」「どのようにやりますか」などと”決断”を迫られる機会が多く、それだけ社員連中も不安なのだろうと察すること度々であり、経営陣もまた別の言い方や態度でホール事業の今期の数字の着地予想と来期の見通しについて意見を求めて来るため、そういった遣り取りの中で今週は少し疲れてしまった。疲れた日には美味しいものを、ということで、母親が送ってくれた蟹を嫁さんと共に食べる、そんな師走の初めの夜を過ごしている。この雑談記事を書いて公開した後は、犬と共に毛布にくるまって寝て、目が覚めて3時間後には管理店舗でデスクワークに取り組んでいるだろうか。

私は冬の朝が好きだ。殊によく晴れた肌寒い朝が。それはまるで、昨日までの苛立ちや悩み、焦り、そういった心中に嫌な質量を持って溜まった感情の一切が、衆目には触れ得ないが実はどこかに設えられた巨大な濾過装置で浄化されたかのように一旦リセットされたような透き通った気持ちになるからである。巨視的に見ればユーザーに対して、実地目線では管理店舗の常連客に対して娯楽の機会と場所を提供する立場として、疲れ切っていたりいつも何かに苛立っていたのではその務めも果たせないだろうと、そのように考えている。

だから私にとっては、厳しい寒さの冬の朝でも、それは様々な物事に対して前向きな気持ちで再び取り組むための大切な儀式のようなひと時である。

楽太郎

Posted by 楽太郎