【話題の中心は大花火だった】Looking back on 1999-2000

2020年11月11日

ぱちんこ業界は今、全国各地でゴッド凱旋の撤去が順次進行し、ユーザーも含めて各所で同機への惜別の声が上がりスロットコーナーでは6号機時代の足音がいや増しに強く聞こえて来るような11月を過ごしている。

同機に先立って”設置期限切れ”を迎えたサラリーマン番長以降、高射幸性スロット機を業界の取り決め通りにホールから外す・外さないというのはもはや”撤去問題”に発展しているが、取り締まり行政からの信頼に背かぬように、公的ケアへの適合や経過措置期間の延長と言う恩恵にだけ浴するのではなく、それ相応の自制や振る舞いが対価として当然求められるのだということを業界全体として考えるようになったという点で、コロナ禍に見舞われた2020年はこのようなことがあったと後年必ずや業界史にも明記されるだろうことが決定的になっていると言える。

ただし重ね重ね、”ルール違反”と思しき経営・運営を行っている法人・店舗に対しても適切な態度や対処が求められると述べさせていただく。それは、コロナ禍でクローズアップされた”自粛警察”のように独善的な暴力を振りかざすような輩ではなく、我々ひとりひとりが娯楽・余暇産業の一角を担う歴としたぱちんこ業界人であり決してならず者ではないからである。

たしかに撤去に係るルール策定には至らぬ点や強引な運びもあったかも知れないが、時期的に急務と言える事案であったのも事実であり、そうせざるを得なかった職域の方々の判断にも思いを致しながら同業であるホール関係者の皆様には是非あるべき態度や対処を求めたく冒頭にて改めて”撤去問題”について述べさせていただいた次第である。

さて本題、というか今回は、年末に向かうこの時期の雰囲気について若手当時のことを述懐して雑感記事としたい。

これは何も年末に限った話ではなくぱちんこ業界では一年を通じてその時々に様々なことがある訳だが、おそらくは冬季賞与商戦、クリスマス、大晦日、元日以降の正月営業というホールならではのイベント絡みの日程的な事情と活況であった営業状況が合わさって”記憶に残り易い”という理由と、業界内で何か取り組む際に年末まで或いは1月末までといった具合いに”期限を設定されやすい”という理由で、この時期の業界の動きについて10年20年経っても自分自身でも意外によく覚えていることは結構多いものである。そこで今回話題にするのは、1999年の年末から2000年にかけての出来事である。

2000年2月3日、公正取引委員会の一団がアルゼ(当時)本社への立入りを実施し、それが影響して同社は2月16日の朝日新聞朝刊に「顧客の十分な理解を得ることなく、一方的な表現をした未熟な営業担当者がいた」という主旨での謝罪広告を掲出するに至った。これは業界内では、アルゼによる”抱き合わせ販売”の事案として長く記憶されているものである。

この背景について記憶を辿れば、まずは1900年代に開発されたコンピュータの一部は日付を西暦の下二桁で管理していたことから、1999年から2000年になると同時に全世界で一斉に何らかの異常が生じ社会を混乱させるとして注目されていたいわゆる”2000年問題”がホール本社や営業現場でもちょっとした話題に上がったりしていたちょうど今のような時期に全日遊連が実施したアルゼの不適切な販売方法に関するアンケートに対して1,075店舗のホールから回答がありその内625店舗から「抱き合わせ販売と思われるような営業を受けた」という主旨での内容説明が得られたこと。

次に、ホール組合として日電協を通じて同社に対して事実確認をとったところ「一部の営業担当者が誤解を与えるような説明を行ったことが原因であり今後は適切な改善を図る」旨の回答があったものの、依然として全国各地のホールから同様の通報が続いたこと。

そして、このような状況に際し全日遊連が各方面遊協に対して不適切と思しき販売条件の提示を受けた際にはこれを断固拒否すると共に全日遊連にその内容を通報するように求め、また日電協・日工組はもちろん販売代行店の団体である全商協・回胴遊商に対しては問題視されるような販売手法を是正するように要望する旨の通知を実施したことに端を発している。

同社の当時の話題機で本事案の”主役”となったのは、言わずと知れたかの名機・大花火である。

どちらかと言えば既存スロットユーザーに対して新たな演出効果とオリジナルキャラクターを提示したという趣きが強かった花火の正当後継機として登場し、技術介入レベルに応じたリプレイ外しが可能な大量獲得性能と、上部4thリールとフラッシュを絡めた多彩な演出により多様な属性のユーザーを獲得することに貢献したのは事実であるが、同機のホールへの導入に際しては前述したような生々しい事情があったことは、30代以下の業界人やユーザーの方々は御存じないことかと思う。

公取委による調査は立入り後、つまり大花火が瞬く間にユーザー支持を得て大量獲得タイプ機の筆頭に躍り出た後も継続して行われ、私の手元にある前任者からの社内引継ぎ書類には当時の営業部長の手による組合会合資料へのメモ書きで「アルゼ抱き合わせ調査。2000店を無作為に選びアンケート実施予定」「5月?(アンケートが)来た場合×(=回答しない)」と記されている。当時は下位のいち社員であった私も、先代経営者は組合の取り組みに対して非協力的であったことくらいは知っているので、何となくウチの会社らしいなと思わせるようなメモである。

その後も更に、同機については別のキナ臭い話題が持ち上がることとなった。いわゆる”セット打法”が可能な台が紛れ込んでいるのではないか、個々のホールが裏業者を介して不正改造したいわゆる”Bモノ”が相当数設置されているのではないか、という疑念である。登場から半年ほどの段階で既に、エリア内で「M店の大花火は、妙にバケ連するらしい」「S店で、朝一から1,000Gハマりが2回来た後に万枚吐き出したらしい」などといったことがその土地土地でユーザーも含めて話題に上り、事実か否か確認までは出来ないまでも、こういうことからも如何に同機が注目機種であったかが窺える。

このことについても当時全日遊連としては非常に憂慮しており、その理由は3年ほど前に導入が進んだキングガルフやリズムボーイズ等の不正改造の摘発事案が続々と上がって来ていてそのことに対して警察庁が各所での行政講話で不正改造の絶無を業界に対して厳しい口調で要請していたことと、当年6月から堅固なセキュリティを具備して構築した中古機流通システムを始動するにあたり、大花火についての疑いも看過できないものであったからである。

この中古機流通システムは今に続くものであり、別件で再び1999年当時の事を思い出せば全国各地でCRモンスターハウスの認定が進み都道府県によっては初の同制度適用となりこれも今に続いているシステムである事を考えると、1999~2000年は現在の業界制度の骨格を形づくった時期とも言えるだろう。

また別の観点では、1999年1月末時点で全国11%の割合であった3円以上の”高価交換”パチンコが2000年には26%まで上昇し、スロットの方でも5.5枚以上の”高価交換”店舗割合が34%から50%へと急上昇しており、この時期以降、ホール営業は”等価交換時代”へと突き進んで行くことになる。

この結末、或いは現在進行形で業界に存在している諸問題を知る立場からすれば、業界史においてこの時期はひとつのターニングポイントとして位置付けることができると述べて、本稿を締めさせていただくことにする。

楽太郎

Posted by 楽太郎