中野の街で見た「欠如」

2020年10月30日

日に日に昼は短くなり16時にもなれば夕暮れが催し始め、気付けば一面青黒いカーテンが引かれたように夜がやって来る。街に人は増えはしたが、かと言って娯楽に興じるような気分でも無し、そうするだけの金も無し、といった具合いに皆、煌々とした明かりが路上に漏れるホールの前を足早に通り過ぎて行く。

10月28日の夜、私は中野区某所に知人を訪ね、その帰りに駅前の界隈で缶ビールを手に往来を眺めながら30分ほどの時間を過ごした。

道路を隔てて50mほど向こうにあるホールは換気目的だろうか両面開きの自動ドアを半分ほどの位置で停止させているため店内の様子が離れたところからも見てとれる。賑やかにリズムを打つBGMが聞こえ、その中を時折スタッフが右へ左へときびきび巡回している姿が見え、遊技台はまるで着席を誘うかのように賑やかに明滅を繰り返している。

しかし、この場所から見える遊技台に客は一人も着席していない。それだけに、ある種の寂しさが、先に述べた様子との残酷な対比となって私の目に映ることになった。

例えば近代絵画を鑑賞する際に、多くの人はまずは作者の意図を探り、一見してそれが解らない場合は何かが捨象されていると仮定して頭の中で様々な要素を手掛かりに具象化を試み、何らかのモノやコトの”欠如”を補おうとする。

私が眺めているのはパチンコスロット店なのだが、それは機器と内外装・従業員などを備えた単なる営業施設としてのそれであり”遊技場”と呼べるようなものではない。何故か、そこには遊技に興じる”客が居なかった”からである。遊技客が居ない遊技場など、滑稽の極みである。

私は関東圏の業界人であり主な活動場所は都内に限られるのだが、同業をはじめ各所に出入りする機会が多い販社やメーカーの方、日々情報提供を受けている営業支援に携わる方々などが口にすることとして、このようなものがある。

「エリアの有名店さんでも平日の日中だと4円パチンコ・20円スロットの稼動率が10%台とかは、ざらにあります。最新機種の島・コーナーが昼過ぎ時点で全台ゼロ回転だったり、業界人としては、とんでもない時代になったという恐怖感があります」

「どういう性能だとか、ホールさんの運用レベルがどうとか、多くの一般ユーザーにとっては”そういうことじゃない”のだと思います。とにかく、パチンコスロットに使うだけの”お金が無い”。かといってホールさんもコロナと規則改正の入替のせいで、少ない手持ちでも遊べるような台を用意するだけの”余裕が無い”」

「誰しも運用レベルが良い日に良い台を打ちたい訳ですが、そういうのは時間が有り余っていて情報感度が高い一部の期待値稼動層が押さえてしまうので、一般ユーザーには打てません。期待値稼動層にとっては、いつ・どの店で、どの機種が旨みがあるのか、こういうのは丸分かりで、以前ほどではないにしても毎月ちゃんと勝てるので種銭には困りません。その一方で、一般ユーザーには種銭すら無い。勝ったり負けたりすらできないんです、負けに行く金すらないのだから」

広告宣伝規制等を”馬鹿正直に”守り、いわゆる特定日など無くても地元ユーザーが日常的に立ち寄ってくれて適当に稼動があるホール状況をまた目にしたい。遊技場に遊技客が居る風景をまた見たいと、そう思うばかりである。

楽太郎

Posted by 楽太郎