【全日遊連】組合に”力を持たせる”ために

私が関東圏の中小ホール企業所属であることはこれまでも度々述べて来たし、特に同業の読者の方々から見ればその中小でも”小寄り”の法人である事は明らかかと思う。

匿名発信者ということから本来であればこうした所属や素性に関することの一切は伏せておくべきなのだが、2015年10月1日に最初のブログを開設してから丸5年が経過し、その間約1,500本の記事を公開させていただいたのに加えて、業界内の方々との情報交換手段且つ補助的な発信ツールとして利用しているTwitterにて日々愚にも付かぬことから諸々の業界事情に対する問題提起や注意喚起等まで僭越ながら様々な発信をさせていただく中で、身元バレせぬように留意しつつもやはり読者・受け手である皆さんには誠実でありたいという思いから、ある程度ではあるが所属法人で執り行っている業務についてや私生活のことについて折に触れて紹介させていただく機会が増えている。

また、所属しているオンラインサロンでは、クローズドな場ということもあり必要以上に身の周りのことを隠す必要もなかろうという考えで、ブログとTwitter、また最近再開したInstagramでの発信よりはだいぶ楽な心持ちで関わっており私ならではの話題を投稿させていただくようにしているつもりである。

つまりは、5年前に発信活動を開始してからの大きな変化としては”力が抜けた”ような感覚を持っており、あくまでも本業の空き時間ではあるが今後もここで記事を書いたり皆さんの息抜きにでもなりそうな事柄を選んで継続的に発信して行けるような手応えを感じている。

このようなことができているのには、特に業界内の方々のご配慮が大きいように思う。何故かと言えば、例えば少なくとも自社のユニバーサルとフィールズの営業担当者は”楽太郎=私”だと薄々気付いているが、決してそれを口にはしないからである。他にも何名か察しているような者は居るが、皆がそっとしておいてくれるお陰で今でも本業に支障を来すことなく発信できているので、この機会にそういった皆様方に対して感謝の意を述べさせていただく。

さて、本題に入る。

ホール側の組合組織である全日遊連、またそれを構成する各方面遊協や単位組合についてごく簡単にではあるが述べて行きたい。

コロナ禍に際しての緊急事態宣言に係る休業要請への対応ならびに高射幸性スロット機を含む旧規則機の設置期限については業界内外の各所で既に散々取り沙汰されていることなので詳述はしないが、稀に下記のような意見を見聞きすることがある。

「取り決めに違反する法人・店舗に対しては遡及的且つ罰則をもって臨むべきだが、それが出来ない全日遊連という組合組織には、もはや存在する意味などない」

「現執行部には、実効力がある取り組みは出来ない」

まず前者についてだが、これは業界内の多くの者が、組合組織としてその組合員の資格や権利・営利活動等をいたずらに制限したり意思決定を強いるような措置を講じた際には独占禁止法や中小企業等協同組合法に抵触してしまう可能性があるということを頭では分かっているものの、業界内の申し合わせに違反する・違反しているように見える法人・店舗に対しては”業界の未来を脅かす危険分子”と見なす向きが強く、この業界内に居る資格がない逸脱者として”業界愛”を持って排除しようとする動きすらも見受けられる。

独禁法においては、事業者団体が社会公共的な目的等に基づいて構成員の活動に関しての基準や規約等を自主的に設定してその遵守を申し合わせているような場合には、所管する公正取引員会は法令違反という判断を下さない場合もある。

つまり、強い強制力や排除を伴う措置を講じる際にはその社会公共性が問われるが、休業要請に応じない法人・店舗への厳しい措置が当時全容が掴めなかった世界的な感染症への対策目的として認め得るかどうか、また撤去問題については規則改正に係る射幸性の抑制がコロナ禍で予定通りに進めることができず已む無く設置期限延長という規則の再改正がなされた訳だがこれに乗じて組合の取り決めを無視して継続設置し続ける法人・店舗の営業を制限し遊技機の流通から排除するような措置が、果たして社会公共性を帯びているかどうかというのが鍵になろうかと思う。

ここで問題になるのが、この社会公共性というものが一体何を指すのか、ということであり極言すれば一定範囲内での自由競争・公正取引のみを指すのか、それとも広く国民経済全体におけるそれを指すのか、これら二つのどちらにあたるのかが焦点であると言える。

私自身は法令の解釈について詳述するだけの知識がないため憶測も含まれるが、いずれにせよ組合側で強権を発動する際にはその行為が違法性を阻却するだけの真っ当な理由を有しているのかどうか、かなりシビアな判断になるため、できることなら制限・排除・罰則等をちらつかせての修正ではなく勧告や要請に応じてもらうのがベターであるということは、改めて言うまでもない。

目下話題になっている申し合わせ期限内での撤去という問題に際し、これを逸脱法人・店舗に対して組合側で過度に強い罰則や条件等を定めて強制した場合には独禁法運用基準の「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」における「自主規制等の強制」や「当該設備の新増設等の制限」などに抵触する可能性も出て来ると考えられるが、各自より詳しい内容を把握する際には文末に挙げた参考資料を参照されたい。

以上の事から、「取り決めに違反する法人・店舗に対しては遡及的且つ罰則をもって臨むべきだが、それが出来ない全日遊連という組合組織には、もはや存在する意味などない」という稀に見聞きする意見について、心情は理解できるが実際にそのように臨むことにはリスクがあり、そのリスクと実効力を天秤に掛けながら非常に難しい対処をしているのが現在の全日遊連の立場であると推察しつつ申し述べたい。

また、心情は理解できるとした上で、逸脱していると思しき法人・店舗に対する態度として侮辱や誹謗中傷等にあたったり、指摘されても対処不能な個人等に対して執拗に取り決めの履行を迫るようなものであれば論外であり、いかに”業界愛”や”業界の未来を語る資格”を有すると自任する者がそうしたとしても、周囲から見れば無理筋に過ぎない。

ゆえに、目下の撤去問題にあたっては、業界側で新設し10月19日から運用が開始される旧規則機の経過措置期間延長に伴う21世紀会決議を順守していない店舗の情報を広く受け付ける通報・確認システムである「パチンコ・パチスロ産業21世紀会 誓約確認機関」を活用するのが最も望ましい対処手段であると述べさせていただく。



次に、後者として挙げた「現執行部には、実効力がある取り組みは出来ない」という一部の意見についてであるが、これは考え方自体が間違っており、誰が理事長でどのようなメンバー構成でどのような施策を講じて問題発生時の対処にあたっているか、ということと現時点で広告宣伝規制上の問題や撤去問題等が起こってることは、全くの無関係であると述べたい。

その理由は、産業規模が小さい業種組合の運営においては(勿論法令は守りつつも)いわゆるワンマン型のトップや執行部が組合組織の運営や産業自体を強力に牽引しているということがあろうかと思うが、ぱちんこ業界のような巨大産業におけるホール組合の運営について同じことを求めるのは、あまりにも無理があるためである。

では、一体何が全日遊連ならびに現執行部の対処を”実効力が無い”と思われるようなものにしているのかと言うと、それは他でもない傘下組合員自身である。

組合に力が無いのでも現執行部に力が無いのでもなく、組合の力の強弱というものはそもそも組合員によりいかに組織されているかに懸かっていることを理解し、”組合に力を持たせる”ためにはどうすれば良いのかを考えて、そうなるように振る舞うのが最も建設的で実効力が発揮される組合員としての在り方と言える。

それにより時に巨大メーカーや他団体等と対峙する事が可能になり、時に取り締まり行政側が業界を所管したり様々な遣り取りを行う際の有用な窓口として機能するため、存在感がより一層増すことになる。

その逆に、例えば取り締まり行政側からの”信頼”を失ったり、所管方針に従わない、適切な対処ができないような場合には相手にならないと判断され、存在感を失う可能性すらある。これには過去に前例がある。

それは全日遊連の前身組織である全国遊技業協同組合連合会(通称「全遊協」)が、警察庁(平沢勝栄 保安課長)によって掲げられた1988年のいわゆる「プリペイドカード構想」に対して明確かつ迅速に態度提示できなかったことで端を発した分裂騒動である。

この騒動当時の業界内の雰囲気を知るには業界資料を紐解いたり先輩世代からの伝聞に頼る他ないが、同構想を実現させることでホールによる脱税問題の解決(或いは税務の明確化により北朝鮮への送金疑惑を解消するという意図もあったかも知れない)を図りたい警察庁に対して、まずは態度保留し検討する期間が必要だとする全遊協が業界団体としての信頼を失い、これによる監督官庁との関係性の悪化を危惧した全遊協内の理事たちが執行部派と反執行部派とに二分裂し後者であった1都24県の遊協が全遊協正常化推進協議会を組織し全遊協の”改革”に声を上げた。

しかし、その後も執行部派の態度がはっきりしないばかりか理事長が辞任し後任も定まらぬ状況に陥り、正常化推進協議会の中核一派がついに改革路線を転換し袂を分かつ方向に舵を切り全遊協から離脱して組織したのが今の全日本遊技業組合連合会(通称「全日遊連」)である。

その後1年をかけて合流する遊協は増え続け、1都35県体制となった1990年9月の時点では警察庁も同構想の意思伝達や意見交換相手として当方をホール側の新たな組合と認知するような向きを見せている。

それから間もなく全遊協は再編叶わず解散という結末を迎え、全日遊連は新たに中小企業等協同組合法による協同組合として内閣総理大臣の認可を受け、また国家公安委員会・警察庁が管轄する団体として名実共に全国の遊協による協同組合連合会となったのが1992年のことである。この当時の全日遊連ならびに執行部の意思決定や交渉・行動に力を与えたのは、他でもない傘下組合員自身であると言えるだろう。

この一連の流れで理解しておきたいのは、全遊協の更に前身であり1951年(昭和26年)に発足した全国遊技業組合連合会(通称「全遊連」)から数えれば実に39年もの歴史を有したひとつの巨大な組合組織が、警察庁が本腰を入れたプリペイドカード構想という一大事案に際し対処を誤ったことによりわずか2年ほどで解散したという事実である。

また、過分に想像力を働かせてみれば、仮に今後取り締まり行政側が本腰を入れて臨む事案があった際に期待されたスピード感や対処の仕方で応じることができなければ、全国のホールによる組合組織としては前述した当時の状況をなぞるが如き混乱を自ら招く可能性すらあるかも知れない。

監督官庁の指導方針・法令は勿論のこと業界内の自主規制を最大限守り、組合としてまとまっているからこそ得られるものがある、というのはコロナ禍に際し行政による保証制度の適用をようやく受けることができるようになったり、経過措置期間の延長という特別な配慮を受けることができたことからも明らかである。

これを反対解釈すれば、守らずまとまらずでは、今当たり前のように保持しているものを失ってしまう可能性すらもある、と言えるだろうか。

また、あるべき法人経営・店舗運営を堅持している大多数の者から見れば、逸脱行為に及んでいる者は組合組織があったればこそ享受できている恩恵にフリーライドしているという意味で、なにもぱちんこ業に限った話ではなく社会におけるひとつの法人としての在り方や経営者のモラルすらも疑われている。

広告宣伝規制の遵守然り、目下の撤去問題然り、コロナ禍で状況が厳しいからというのは言い訳として成り立たぬことであると述べて本稿を締めさせていただく。

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【参考】

・公正取引委員会『事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針』

楽太郎

Posted by 楽太郎